職人も数え切れないほど付き合ってきた。その中に今年亡くなった板金屋の母方の叔父がいる。83歳で亡くなったから私より18歳上だ。75歳くらいで脳梗塞になり職人をやめてから長く入院した。もちろん板金の仕事は独立以来お願いしていた。
叔父は中学を出て自分の兄のところへ弟子入りした。両方とも叔父にあたる。叔父は実家にいて小学生だった私はよく遊びに連れていってもらった。母方の一番若い叔父だったので独身で祖父母には初孫だった私を可愛がってくれた。
当時は映画が娯楽の王様で、ゴジラとかまだ若いジュディガーランド主演のオズの魔法使いなどを見に連れて行ってもらった。田舎育ちの私は映画を親以外と行った初めての経験だった。
ゴジラだったかオズの魔法使いだったか怖くて椅子の後ろに隠れて叔父に笑われたのを憶えている。
オズの魔法使いは1939年の製作だから大分古い映画だったようだ。
叔父は器用で竹とんぼや凧を作ってくれた。当時母の実家は街に近く田舎育ちの私は遊びに行くのが好きだった。叔父がおもちゃを作ってくれるのがとても楽しみだった。
まだ若かった筈だが手は大きくてごつかった。その手から色々なおもちゃが出てくるのが子供心にまるでマジックのような気がした。私が職人の手と言うと最初に覚えているのが叔父の手だった。
手で作るから大きくゴツくなるのか初めから大きかったかは覚えていない。とにかく職人は手が大きくゴツイと今でも思っている。職人の手はサラリーマンの名刺みたいなものだ。年季も腕もすべて手に出てくる。
手刻みの大工たちの手もゴツくて大きい。玄翁を握る手は節くれてグローブのように平べったい。その手からあのような繊細な加工が生まれるのには少し不思議な気がする。
プレカット全盛の今の大工は玄翁やノミはあまり握らない。電動機械で仕事をするので力を入れて振り回さない。グリップは手には優しくゴツくなるのを防いでくれる。だから今の大工の手はやさしくて綺麗だ。
体に負担のかからない仕事が増えて素人に近いものまで職人として働く。手刻みの衰退と建材のユニット化で職人は作ると言うより組み立てるが近い。大工道具の中で一番消耗が激しいのは組み立てに使われる電ドルだ。
大工に比べ板金屋は昔と変わらず手で折ったり切ったりする。折加工は工場でするのが増えたが現場加工が多いのは同じだ。晴れても雨でも隠れるところがない屋根職人は危険なのもあって成り手がいない。
どこの現場でも板金屋は60代が主力なのは変わらない。足場もないところでも身を乗り出して加工する仕事は慣れても怖い。それもあって板金屋は比較的作業の終わりが早い。疲れると落ちたり滑ったりしやすい。
現場で見るのとマスコミなどが言う職人仕事は違って見える。匠とか技術の高さをメシの種にしている訳ではないからだ。あくまで自分の仕事であり金を稼ぐ手段として職人なのだ。長い修行もそのことで特別な技術を持っているとの認識はあまりない。
稼ぎから言うとサラリーマンの比でない。仕事の空きがある以上年間を通すと大した稼ぎになならない。肉体を酷使するような現場ばかりを選べばどうかわからないが。
叔父は結婚して子供たちを学校に入れて自宅を建てた。それだけで一生かかる一大事業だった。自宅が自分の土地だと思っていたが亡くなって借地だったのを聞いてびっくりした。家すらもなかなか持てないのが現実だ。これでは職人の成り手がないのも頷ける。