建築士は試験に受かってから登録して建築士を名乗る。衰えたと思った記憶力も訓練さえすれば元に戻る。いや伸びる事だってあると言うのを今回確信した。宅地建物取引主任者や福祉住環境マネージャーとか間に合った資格は全部取った。
取っても食えないので足の裏の米粒などと言われた建築士だが施主には一定の信頼を与える。仕事を取るためではなく取った仕事を遂行するために必要だった。やはり法規を勉強し申請などに知識はモノを言う。一緒に学校に通ったり前後の取得者が行政にも居るので人脈のようなモノができる。
建築士なのに知らないのかと思われないように勉強もする。間接的な効果も含め私には大きな自信になった。やはり肩書きは他人の目からも自分自身のプライドのためにも大きな価値があるようだ。妙に威張るなんてのは問題だが。
年々複雑になる法律だが全て理解するのは大変だ。一人で考えても理解できない事を他の建築士から聞くと簡単にわかる。それまで全く自分一人で営業、申請、現場管理をやってきた。しかし法の隙間を狙うような難しい建て方をするようになって疑問点が増えてくる。
行政に聞いたりしてもなかなか理解できない。たまたま瑕疵担保保険の現場検査にきた建築士と知り合いになった。申請を手伝ってもらったりしながらわからなところを聞くようになった。言わば顧問的な立場という感じだ。
本当はそう言う社員がいれば良いのだがそんな余裕がない。申請業務は慣れも必要で行政の指摘ポイントがわかってくる。書式や指摘事項の訂正法など慣れてくるとやりやすくなる。私は丸太の運搬とか製材所行きで忙しく彼のサポートはすごく効率がよかった。
設計は打ち合わせから始まって材料などの知識を駆使してプランをしていく。法的なものはわからないと無難なものになるので法の隙間のような部分を調べたりする。軒裏の仕上げなどは建築基準法では板張りも可能だが行政は防火の観点からやめるよう指摘を受ける。
家の設計は法的な部分の解決が大事でデザインなどは問題点が少ない。施主には重要でなくとも現場は別な観点から問題になる。木の家では防火上の制限が時々出てくる。申請で指摘を受けないよう十分に検討しないといけない。
最近相談者が増えているが行政に申請する建築士には向いている。施主が最初にどのような建物が可能か知らないとイメージがわかない。土地により建てる事自体が難しかったり面積により建てられる大きさが決まる。
どちらかと言うと住宅会社や工務店は現場取得が目的だ。業者を決める前の大雑把な相談は営業という観点しかないので向いていない。いかにして現場を決めるかが一番の目的なので仕方がない。設計事務所は相談には一番向いている。
一般的に設計事務所は敷居が高いと思われている。最近はそうでもないと思うが住宅以外が専門だとまともに相手をしてもらえない。相談する前に自分の好みや目的に合わせ設計事務所を選ぶ法が良いかもしれない。
当社は国産材を使った真壁造りで漆喰と羽目板などの仕上げを得意とする。流行りのプレカットやビニールクロス張りはやらない。これは会社のポリシーなので例外はない。なんでもできると言うのは施主には便利に思えるが得意分野がないとも言える。
法的な事は良いとして設計デザインなどに得意不得意がないのはおかしい。得意な分野は他社より優れている部分と言えるから何でもとは全て平凡という意味だ。かなり断定的な言い方だが個性的なウリを持つ事こそ設計事務所だと思う。