青森県八戸市の一級建築事務所 建築組 パックス有限会社

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2006年休刊となった『室内』だが、私にも今までと違うことをやろうとする機会が出てきた。国産材化は少しずつ進んで、馴染みの製材所もできて現場も増えた。しかし肝心の出来栄えが気に入らなかった。

一番はそれまでの大工の技術に不満が出てきた。こちらの意図するところをうまく実現できる大工が見つからなかった。当時は現場ごとに大工を探していろいろなメンバーと付き合った。年上や同年代が多かった大工たちは、儲けのことばかり気にして省力化ばかり要求する。

結局省力化は建材多用になりデザイン的にも普遍的なありふれたものになる。本物を使った木の魅力に溢れる家つくりを考えたのにうまくいかない。木の家の本として有名な『チルチンびと』を見ていたら近くの大工のことが載っていた。100_1864

すぐに会いたくなって1時間ほどのところにある大工のところへ行った。作業場を見せてもらったり近くの建てた現場を見た。自分が思い描いていた建物に近い。すぐにも現場お願いしたいとなった。

当時そこの大工たちは東京の現場が多く、地元はほとんど下請け任せだった。そのことを知らない私は直接の大工たちが来てもらえると単純に信じた。しかし実際に材木を搬入する段になり違う作業場へ指示される。

その別な大工とは前のコラムに登場したオトーサンことT建設だった。件の大工の誠意のない態度にがっかりした私は怒って材料を引き上げるつもりだった。簡単に言うと大工に舐められた訳だがオトーサンの現場を見て腕を信じて頼むことにした。100_1925

実はその現場こそ私が最初に見て気に入っていた現場だった。どう言う訳か回り回って当の大工であるT建設に行き着いた。奇縁と言うものはあるもので探した大工と出会うことになった。オトーサンとは直接の取引になって何度かむこうの大工の茶々にも関わらずその後も続く。

妙な経緯からとにかく自分のやりたいことが実現可能になって私は有頂天だった。そして曲がりや大黒のある本格的な古民家風の家が完成した。見学会でさらに大きな次の現場も決まり大いに喜んだ。

最初の大工もオトーサンもベテランなので駆け引きは手馴れてうまかった。ただ自分のやりたい仕事のことしか考えない私などはネギカモだったようで、請求書を見て度肝を抜かれることになる。腕も達者だが駆け引きも長けていることがその時はわからなかった。

結局利益の出ない現場が続いて経営的には苦境に陥った。山から出す木の話もあちこちから来るようになり仕事もそれなりに続く。何とか継続できる見込みが出て腕が良く安く現実的な大工を探すことになる。100_1901

そして見つかったのが腕が良くて早く安いTを紹介してもらった。その後Tと組んで次々と現場が続いて何とか利益も出て苦労が報われた感じだった。オトーサン以来2003年から2010年頃が一番売り上げも伸びて展示場を作ったりした時期になる。

普通の建材を使った家つくりから本物の家つくりを志したキッカケが『室内』にあった。思想的な変化のキッカケになっていた。古民家風と『室内』は一見すると何の関わりもないのだが本物追求と人と違うことをやると云う意味で力になった。

当時は無我夢中で何も理論立てて考えた訳ではなかったが、それまでの色々な経験が素養になっていたように思う。サッシメーカーの他人より先駆けることや本物追求の姿勢がないと伸びないこと、全てが結びついていることに気がついた。100_1874